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前橋地方裁判所 昭和56年(ワ)155号 判決 1982年8月16日

原告 合資会社藤井捺染工場

右代表者無限責任社員 中村武雄

右訴訟代理人弁護士 梅沢錦治

被告 東日本物産株式会社

右代表者代表取締役 高橋敏雄

〈ほか一名〉

主文

一  被告東日本物産株式会社は原告に対し、一四五七万六六〇円及びこれに対する昭和五六年六月一〇日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告高橋敏雄に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告東日本物産株式会社との間に生じた分は同被告の、原告と被告高橋敏雄との間に生じた分は原告の各負担とする。

四  第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

一  一四五七万六六〇円及びこれに対する昭和五六年六月一〇日から完済まで年六分の割合による金員の各自支払

二  訴訟費用被告ら負担

三  仮執行の宣言

(被告ら)

請求棄却

第二主張

一  請求の原因

1  原告は被告東日本物産株式会社(以下、被告会社という。)が振出した別紙手形目録記載の表示のある約束手形一七通(以下、本件手形という。)の所持人である。

2  原告は本件手形のうち、別紙目録の番号(五)、(七)、(八)、(一一)の四通を除くその余の手形を各支払期日に支払場所に呈示したが支払を拒絶された。また、被告会社は昭和五五年六月三日倒産し、右四通の手形も不渡となることは明白である。

3  被告高橋敏雄は、被告会社の代表者であるが、被告会社が支払不能となることを知りながら、手形を濫発して原告に本件手形金相当額の損害を与えたものであるから、商法二六六条の三の責任がある。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

請求原因3の事実は否認し、その余は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1及び2の事実については争がない。

二  右の事実によれば、原告の被告会社に対する請求は理由がある。

三  被告高橋敏雄に対する請求について判断する。

1  前記争のない事実によれば、原告が本件手形金相当額一四五七万六六〇円の損害を受けたことが認められる。

2  原告は、右損害は被告高橋が、被告会社が支払不能となることを知りながら手形を濫発したことによると主張するので判断するに、前記争なき事実に《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(一)  被告会社は、観光土産品の卸売業を営む従業員三〇名程の会社であり、被告高橋が代表取締役、同被告の妻が常務取締役を勤めているものであるが、昭和五四年一二月から同五五年四月頃までの間に、取引先業者である民芸商事駒(被告会社の債権額二三〇〇万円)、星記章(同五八〇万円)、黒沢商事(同六〇〇万円)の倒産が相次ぎ資金繰りに窮したため、仕入れ先である森本物産株式会社に対し資金援助を依頼していたところ、同社がこれに応じるような態度をとりながら途中から逆に強行取立に転じたため、結局、同五五年六月三日支払期日の手形を決済できず、不渡を出して倒産した。

(二)  被告会社は取引先の業者約二〇名(その中には、前記星記章及び黒沢商事も含まれている。)といわゆる融通手形の操作を行っており、右倒産時点における被告会社の受取手形総額三億三二五〇万円中には、これら業者から受領した融通手形総額八〇〇〇万円が含まれていた。

(三)  右にいわゆる融通手形の実体がいかなるものであるのか、その全貌を明らかにすることはできないが、その一部である約四〇〇〇万円の手形についてみると、その実体は次のとおりである。

(1) 被告会社の取引先業者である塩田竹夫は、同じく被告会社の取引先業者である原告及び関口憲一並に被告会社と取引のない小峰装身具、三和包装、森国雄、などの業者と商取引の裏づけのない約束手形を振出して交換し合い、これを割引くなどして資金繰りに利用していたが、昭和五四年四月頃、右交換手形操作の事実を知った取引銀行の足利銀行鬼怒川支店から融資を拒絶されたため、同月末支払予定の手形決済ができなくなり、被告会社に資金援助を要請した。

(2) 塩田竹夫に二千数百万円の債権を有していた被告会社は、塩田竹夫の倒産を恐れ、被告高橋において足利銀行と交渉した結果、被告会社が連帯保証人となって同銀行から融資を受け、これをもって塩田竹夫が振出していた交換手形(その額は約二三〇〇万円であった。)を決済することとし、右融資が実現するまでの心積りで被告会社の資金を提供して右交換手形の決済に着手した。

(3) ところが、足利銀行の右融資が実現しないこととなったため、被告会社自身の資金繰りが困難となり、かつ、塩田竹夫の手形交換先である前記五業者(原告を含む)は、自己振出交換手形の決済資金を捻出するために、塩田竹夫振出の手形に代る新たな交換手形を必要としていた。そこで、昭和五四年六月頃、被告会社に前記五業者の責任者(原告は原告代表者が出席した。)が集まり、被告高橋と共に、塩田竹夫が交換手形を発行できなくなった事態の処理について相談した結果、今直ちに交換手形操作を廃止することは各自の資金繰り上困難なので、当面、被告会社が塩田竹夫の立場を引継いで交換手形を発行し、漸次交換手形の額を縮小して行き、以後二年間にこれを解消することで意見の一致を見た。

(4) 右のように、被告会社が加わって交換手形操作を続けた結果、交換手形の金額は減少しないで逆に増加し、被告会社倒産時点では、前記五業者から被告会社が受領していた交換手形(一部は第三者振出手形を含む)の総額は約四〇〇〇万円であった。なお、右のうち、原告振出手形は六九〇万円であったが、原告はこの額がそのまま公表されることは原告の信用を害することになるとしてこれを嫌い、被告高橋に依頼して債権者会議で配布された資料には三九四万二八〇〇円と内輪に記載して貰った。そして、原告は自己振出手形を決済した。

(5) 原告が本訴で請求している手形金のうち、商取引の裏付けのあるものは約二〇〇万円に過ぎず、残りの約一二〇〇万円は交換手形である。

3  右認定の事実関係からすれば、被告会社が倒産時において所持した約八〇〇〇万円のいわゆる融通手形の実体は、すべて交換手形であると推認して誤りないと思料される。

4  およそ交換手形というものは、商取引の実体がないのに、資金を調達する目的で、二人の商人がなれあいで互に振出し合う約束手形であって、不健全な手形であることはいうまでもなく、不渡となる可能性が高いものであり、かつ、一方の手形が不渡になると、他方当事者は自己振出手形の決済に加えて自己が利用したその不渡手形の決済資金をも負担しなければならなくなるため、二重の資金負担に苦しみ連鎖倒産に至る可能性も高い危険な手形操作であるから、会社の業務執行を行なう取締役の厳につつしむべきことがらであるというべきところ、かかる行為をし、その結果会社を倒産に導いた取締役は、よって損害を受けた会社債権者に対し、商法二六六条の三所定の責任を免がれることはできないといわねばならない。これを本件についてみるに、被告会社倒産の直接のきっかけは森本物産株式会社の強行取立行為であったとしても、その前提となった資金欠乏は取引先の倒産によってもたらされたのであり、右倒産取引先に被告会社の手形交換先である星記章、黒沢商事が含まれていること、被告会社の扱う交換手形総額が八〇〇〇万円に達していることを考慮すると、被告会社の倒産が交換手形と無関係とは到底考えられず、むしろ、いわゆる交換手形連鎖倒産の一例であったのではないかとさえ疑われるところである。したがって、被告会社の代表者である被告高橋は、被告会社が支払不能となることを知りながら、或は過失によりこれを知らないで、手形を濫発したものといわれても致し方なく、被告会社の倒産により損害を受けた会社債権者に対し、損害賠償の責に任ずべきである。

5  ところで、原告は、前認定のとおり、被告会社と交換手形の交換をなしていた当事者の一人であるところ、特段の事情のない限り、かかる交換手形行為の一方当事者が、他方当事者に対し手形金を請求することはさておき、他方当事者である会社の取締役に対し、交換手形をなしたことを咎めて損害賠償を請求することは、権利の濫用ないし信義誠実の原則に照らして許されないというべきである。けだし、交換手形は前記のとおり二人の商人がなれあいで互に振出すものであって、各当事者は自己の交換手形行為のみならず、相手方のそれに対しても対等の立場で加功しているものというべきだからである。従って、右特段の事情の認められない本件にあっては、原告は被告高橋の交換手形行為を非難することができないところ、このことを除いて他に同被告に原告の損害を填補する責に任ずべき落度があったと認めることはできないから、原告の本訴請求は理由がない。

四  よって、原告の被告会社に対する請求を認容し、被告高橋に対する請求を棄却することとし、民訴法八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水悠爾)

〈以下省略〉

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